2007年12月07日 

第23回いずみホール定期演奏会 曲目解説

近代音楽のアプローチ 《星のとき》 第三夜「死の淵から」
 ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906-1975)の弦楽四重奏曲第8番は、同じくロシア出身の指揮者ルドルフ・バルシャイ(1924-)が弦楽合奏に編曲した『室内交響曲』が有名だが、今日はオリジナルの弦楽四重奏曲を弦楽合奏に拡大した版が演奏される。この曲は作曲者により、「ファシズムと戦争の犠牲者の想い出に」捧げられている。冒頭のチェロの主題は、ショスタコーヴィチのイニシャル(Dmitrii Schostakovich)から、D=ニ音,S=Es=変ホ音,C=ハ音,H=ロ音,で構成され、全曲の中心主題として扱われている。また全曲にわたり、それまで彼が作曲した様々な主題が使用されている。
 折しもこの曲を作曲した1960年は、ショスタコーヴィチにとって大きな転機となる年であった。同年6月には、不本意ながらソビエト共産党に入党を決意、翌年には入党と引き替えにレニングラード音楽院大学院での教育活動に復帰する。しかし、彼の心が真に社会主義リアリズムであったわけではなく、死後明らかになった回想録や研究から、彼が表面上は当局の指導に迎合しつつ、巧みに社会主義に対する反発、アイロニーを織り込んで作曲していたことがわかっている。いずれにせよ、自由に作曲ができないストレスは相当のものであったと想像され、この作品は、悪魔に魂を売り渡す直前の、自らの良心に対する葬送行進曲とも言える。また第4楽章で頻繁に現れる3つの激しい音こそ、人々の心臓を一瞬にして凍らせる「KGBが来た!」というノックである。全曲は5楽章からなり、切れ目なく演奏される。
 楽劇『スルー・ロージーズ』の作曲者であり、台本も手がけたマーク・ナイクルーグは、1946年ユダヤ人音楽家の両親のもと、ニューヨークに生まれる。ナイクルーグは30年近く、名ヴァイオリニストのピンカス・ズッカーマンの伴奏者をつとめる他、作曲家としても国際的に著名で、アカデミー室内管弦楽団やメルボルン音楽祭で活躍している。さらに本日の指揮者、大山平一郎の後任として、サンタフェ室内楽フェスティバルの芸術監督を務めている。 
 人類最大の悲劇の一つであるアウシュヴィッツ強制収容所の出来事を音楽家として後世に伝えることは、ナイクルーグの大きな使命であった。彼の代表作となった『スルー・ロージーズ』は、俳優1名、指揮者、そして8名の演奏者で演じられる楽劇である。劇はアウシュヴィッツから生還した、一人のヴァイオリニストの独白として進行する。収容所での悲惨な体験は、彼の心に深く刻印され、今なお悪夢にうなされている。彼はヴァイオリン奏者だったためガス室には送られず、ナチの将校のためにヴァイオリンを弾き、生き延びていた。しかしある日、彼は「スルー・ロージーズ=バラの茂みの間から」目撃してしまった…。作品は1980年ロンドンで初演され、既に11カ国語に翻訳され、世界中で数百回以上再演されている。
 しいたげられた民は、美しいメロディーを奏でると人は言う。今年のいずみホール定期演奏会は、我々に、真の平和の意味と己のアイデンティティーを問いかける。
大阪シンフォニカー交響楽団ITプランナー 佐々木 修