2007年09月16日《第48回名曲コンサートに寄せて》

 今日は、シンメトリー(対称、調和)をお楽しみ頂きます。シンメトリーには折り返しの中心線があります。今日のプログラムでは、外見上の中心線は「休憩」で、それを挟んで、2台のピアノのための協奏曲、その外側(つまりプログラムの最初と最後)に、比較的小さな交響曲ということになります。

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)の最大のライバルとして知られるのは、モーツァルトと同じくウィーンで活躍したイタリア人作曲家、アントニオ・サリエリ(1750-1825)です。モーツァルトの死後すぐに、モーツァルトはサリエリにより毒殺されたという、まことしやかな噂が流れた事も事実です。また、アカデミー賞を受賞した映画『アマデウス』では、サリエリがモーツァルトに対し深い嫉妬を抱いていたように描かれ、強烈なイメージを残しました。

 そのモーツァルトの死後、サリエリは熱心にフランツ・シューベルト(1797-1828)を教えます。サリエリのレッスンで最も重要なことは、「モーツァルトやベートーヴェンとは違うこと」でした。そして作曲されたのが『未完成交響曲』です。どうして未完に終わったか、はっきりとした理由はわかりませんが、私には「才能」で負けたサリエリが、モーツァルト以上の才能を、自らの手で作るという、映画『アマデウス』の続編にも思えます。

 「モーツァルトの再来」と呼ばれた作曲家や演奏家は、数多くいますが、フランシス・プーランク(1899-1963)もまた、その一人です。『2台のピアノのための協奏曲ニ短調』の第2楽章は、プーランクの手による20世紀のモーツァルトです。この曲では、指揮者がピアノの客席側に位置しますが、これはプーランク自身がスコアに指示しています。一般に協奏曲では、オーケストラは独奏者の引立役ですが、このような配置を取ることで、ピアノとオーケストラは同等に扱われ、より精密なアンサンブルが可能になります。

 ロシア人の作曲家セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)は、1918年4月21日、ハイドンの技法をもとに作曲した交響曲第1番『古典交響曲』を、サンクトペテルブルクで自らの指揮で初演しました。そして初演直後、アメリカへの亡命を決意し、シベリア鉄道を経て日本海を渡り、5月31日敦賀港に上陸します。その後3ヶ月間に渡り、かの山田耕筰の案内で日本各地を訪問しました。

 その後プロコフィエフは、1923年から1934年までパリに滞在しますが、ここでプーランクとの接点がありました。両者の間にいたのは、ロシアバレエ団の天才的な演出家であった、セルゲイ・ディアギレフ(1872-1929)でした。

大阪シンフォニカー交響楽団ITプランナー 佐々木 修