2007年11月25日《第49回名曲コンサートに寄せて》
スペインの音楽を語る上で避けて通れないのが、スペインがこれまで担って来た、内戦と悪名高き独裁者フランシスコ・フランコ(1892-1975)による圧政の歴史です。仮に日本に置き換えて想像するならば、第二次大戦中に首相だった東条英機が、戦後30年間も独裁者として君臨して、自由主義運動を厳しく抑圧したようなものです。そして、このフランコ政権に最も勇敢に立ち向かった二人のパブロこそ、20世紀で最も有名な画家・彫刻家でキュビスムの創始者であるパブロ・ピカソ(1881-1973)と、20世紀で最も偉大なチェリストであるパブロ・カザルス(1876-1973)です。
ピカソはバスク地方の小都市ゲルニカが、フランコの依頼によるドイツ軍の無差別爆撃により、多くの死傷者を出した事件をきっかけに、有名な大作『ゲルニカ』を制作しました。絵は死んだ子を抱いて泣き叫ぶ母親や狂馬などがモノトーンで描かれ、パリの万博で公開され、大きな反響を呼びました。
一方カザルスは平和活動家として、音楽を通じて世界平和のため積極的に行動しました。1971年ニューヨーク国連本部で国連平和賞が授与され、フランコ政権のために帰国できないカザルスが故郷カタルーニャを想い演奏した『鳥の歌』は、世界の人々の心を打ちました。
マヌエル・デ・ファリャ(1876-1946)は大西洋に面した港町カディス出身。1907年から1914年までパリに滞在し、当地でドビュッシーやラベルなどフランス印象派の気鋭の作曲家と交わり大きな影響をうけます。そしてロシアバレエ団の演出家ディアギレフからの依頼により作曲されたのが、バレエ音楽『三角帽子』です。『三角帽子』はクラシック音楽の世界に、スペインの民族音楽により建てられた金字塔です。なおファリャは晩年、フランコ政権を避けて南米に亡命しました。
『アランフェス協奏曲』は、バレンシア地方出身で盲目の作曲家ホアキン・ロドリーゴ(1901-1999)の作曲した、世界で最も有名なギター協奏曲です。特に第2楽章は、その哀愁をたたえた美しい旋律で広く知られています。アランフェスはマドリード県南部にある古都で、世界遺産でもある宮殿が有名です。この町がスペインの内戦で破壊されたことから、平和への想いを込めて作曲したと言われています。
外国人もまたスペイン音楽の「情熱」に魅了されます。ロシアの作曲家ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844-1908)は、1887年『スペイン奇想曲』を作曲しました。リムスキー=コルサコフは海軍の士官として世界中を航海しました。各地で触れた民族音楽や文化が、作曲の原動力となったことは明らかです。
大阪シンフォニカー交響楽団ITプランナー 佐々木 修