音楽学研究は日進月歩であり、その最新の研究成果が集約されているのが、ドイツの現在刊行中の音楽大事典MGGである。最新のハイドン研究では例えば、初期の交響曲のランドンの番号は、大幅に見直されつつある。MGGのハイドンの項目はまだ未刊だが、ハイドン研究で最近の注目すべき本は、そのMGGの編集主幹ルードヴィヒ・フィンシャーが2000年に出した『ハイドンとその時代』だろう。これは有名な『作曲家とその時代』シリーズの一冊であり、既刊のベートーヴェンやドビュッシーなどは日本でも翻訳が出版されている。フィンシャーは筆者のハイデルベルク大学留学時代の恩師であるが、その頃からハイドンの本は刊行予定のリストに挙がっていて、すぐにでも出るようにいわれていた。それから十数年、満を持して出版された本はシリーズの通常の倍近い550頁を超える大著となった。
このフィンシャーのハイドン本から今宵の交響曲第99番に関連する箇所を拾い読みしてみよう。この曲はハイドンの第2回ロンドン旅行の最初の1794年2月10日のザロモン演奏会で初演された。この演奏会ではヴィオッティのヴァイオリン協奏曲やドゥセックのピアノ協奏曲の新作も(当然作曲者の独奏で)初演された。ハノーヴァースクエ アで行われていたザロモン演奏会は、通常の2管編成で、Vn12-16, Va4, Vc5, Kb4だったというから、今宵の編成はほぼ初演に近いものといえよう。また演奏会は夜の8時 から始まり11時から11時半までかかる盛りだくさんのプログラムだったようだ。この交響曲の初演の批評は翌日の『ザ・サン』紙に載って「きわめて精妙な作品で、しかも豊かで、意匠を凝らして、大胆で印象的な作品」と絶賛された。
この年60歳のハイドンは23歳の若きベートーヴェンを弟子にとっていたが、この才能はあっても鼻っ柱の強い弟子を好きになれず、最初はロンドンに連れて行こうと思っていたのに、結局やめてしまう。ベートーヴェンのほうからは熱心に教えてくれない師匠に不満を抱きながらも、作品には敬意を払い、この交響曲の終楽章の対位法的中間部を筆写している。
交響曲第99番は、ロンドン交響曲では唯一の変ホ長調の作品であり、この調性の祝祭的な性格(や行進曲風の楽想)が表れている。序奏の遠隔調のト長調が展開部や緩 徐楽章、メヌエットの移行部の調性に影響を及ぼし、やはり序奏の半音階進行(珍しいb- ces)が主部の第2主題や全曲のあちこちで非和声的半音進行の形で使われる。 緩徐楽章の美しい木管楽句は、後期ハイドンの最高の管弦楽法の一つである。メヌエットのソナタ形式風の構成とトリオの非対称的構成の対比、終楽章の演奏遊戯的な楽しさと機動性、楽想の密度の濃さとスピード、ウィットと冗談、中間部の展開の構成の斬新さなど、一見地味だが、見事な傑作交響曲といえるだろう。