過去そして本日のプログラムに寄せて
このシリーズの今までのプログラムを見て、曽我氏の指揮する回ではハイドン交響曲1曲の演奏が2つのステージに分割されていたことを知り、とても面白く思った。ハイドン自身の演奏会に同様の例があるからである。
 1795年5月4日、ロンドンのヘイマーケット劇場で開かれた慈善コンサートでは、最初に軍隊交響曲(第100番)の「第1部」が演奏され、アリア、コンチェルト、二重唱、そして「新作の交響曲ニ長調 英国での12番目にして最後のもの」(第104番「ロンドン」)と続き、演奏会の後半は、軍隊交響曲の「第2部」に始まり、アリア、コンチェルト、新しいシェーナと続いた。ハイドン自身が彼の覚え書きにこれらの曲目を記録し、さらに「この演奏会に集まった誰もが至極満足した。私もだ。私はこの夕べで4,000グルデンを得た。こんなことは英国でしかできないことだ」と記した、という。この覚え書き自体は失われたそうだが、グリージンガーという人物の書き写しを通じて今日まで伝えられているのである。
 さてハイドンは第104番の後、交響曲というジャンルに別れを告げた。彼は2回のロンドン滞在を通じて、ヘンデルの《メサイア》をはじめ数多くのオラトリオに接しており、声の入ったいっそう大規模なジャンルで新たな活路を開きたいと考えたらしい。その第一弾が1798年に完成した《天地創造》であり、第二弾が1801年の《四季》である。
 私的なことで恐縮だが、大学生のときに学内のある合唱団に属していて、たしか1年のときに、この曲のテノールのパートを歌った。全曲ではなく、全3部のうち第1部からの何曲かの抜粋にすぎなかったが、「混沌」を描いた序曲での半音階的な和声の効果に興味を覚え、第14曲の「もろもろの天は神の栄光を語り」に、古典派音楽の極致を感じたものだった。このハ長調の曲ほど、トニカ・ドミナント・サブドミナントの機能関係が明快である曲は、多くないだろう。この曲はまだ天地創造の4日目で、太陽と月が創られたところだ。このあと第2部で動物たち、そして人間が創られ、第3部では、アダムとイヴの、原罪前のほほえましい姿が描かれてゆく。
 このオラトリオは初演後、たちどころに高い人気を得て、ウィーンやロンドンなどで繰り返し演奏されるようになったという。この作品には天地創造の営みが間断ない歩みで描かれている。だが、こうして出来た「これほど大きく、これほど素晴らしい世界」(第28曲)が、人類自身によってどんなに壊されてきたことだろう。この曲は、美しい音楽を通じて、われわれの世界の原点とはなにか、を考えさせる作品ともいえるだろう。
(C) 根岸一美 [大阪大学教授・音楽学]

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