沿革(1994〜2000年)(2001〜2005年)(2006年〜2010年03月)(2010年04月〜)
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沿革(1979〜1993年)

1979年

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現代表 敷島博子の提唱により、二管編成のオーケストラ大阪シンフォニカー創設を企画。顧問として京都市立芸術大学教授岩淵龍太郎氏ほかを迎え、具体的な相談を始める。

1980年

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8月

団員オーディションを行い、メンバーを選考。

9月

常任指揮者に小泉ひろし氏、コンサートマスターに亀田美佐子氏が就任、団員50名にて結成。

12月

会津若松で初演奏(第九)

1981年

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3月

第1回定期演奏会を森ノ宮ピロティホールで開催

1984年

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4月

第1回特別演奏会を大阪芸術祭として毎日ホールで開催。

1985年

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10月

5周年記念、第12回定期演奏会を森ノ宮ピロティホールで開催。

1987年

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4月

第4回特別演奏会にヴェルディの大曲「レクイエム」を取り上げ好評を博す。この時の合唱団の中から大阪シンフォニカー合唱団が誕生、現在も活躍中。

1988年

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10月

社団法人を目標とした大阪シンフォニカー協会を設立。
理事長空白のまま、専務理事として敷島博子が就任、業務を執り行う。

1989年

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8月

トーマス・ザンデルリンク氏を客演指揮者に迎え、第20回記念定期演奏会をザ・シンフォニーホールにて開催。

1990年

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1月

コンサートマスターに林 泉氏が就任。

7月

3月に新設されたいずみホールで定期演奏会(大阪芸術祭)を開催。

9月

国際花と緑の博覧会閉会式典演奏を担当。皇太子殿下、世界各国のゲストの前で演奏を行う。
創立10周年記念、第23回定期演奏会をザ・シンフォニーホールで開催、日本芸術文化振興会より助成金を受ける。

11月

過去10年に果たした活動の功績に対し、大阪府知事より表彰を受ける。

12月

9月〜11月までの3カ月間にわたり、朝日放送TVが密着取材を行い、テレメンタリー「細腕シンフォニー」を制作、 放映される。

1991年

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3月

牧村邦彦氏、指揮者に就任。

10月

大阪シンフォニカー協会理事長に三洋電機株式会社社長井植 敏氏が就任、大阪シンフォニカー協会の拡充を図る。

11月

トーマス・ザンデルリンク氏を再び客演指揮者に迎え、第26回定期演奏会をザ・シンフォニーホールにて開催、この演奏会に対し、大阪文化祭本賞を受賞。

12月

大阪シンフォニカー協会事務局長に敷島鐵雄が就任。

1992年

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1月

トーマス・ザンデルリンク氏、音楽監督・常任指揮者に就任。

5月

トーマス・ザンデルリンク音楽監督・常任指揮者就任披露演奏会シリーズ開催。又このシリーズの中、第29回定期演奏会は、「芸術文化振興基金」の対象となる。
河内長野市に新設された「Lovely Hall」のオープニング公演、モーツァルトのオペラ「魔笛」に出演。

10月

大阪シンフォニカーに契約システム導入。第1次として首席、副首席と契約、体制固めを行う。

11月

第30回記念定期演奏会をザ・シンフォニーホールで開催。
トーマス・ザンデルリンク氏指揮、ベートーヴェンの交 響曲 第3番「英雄」を演奏。

1993年

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1月

ホーム・グラウンド(練習場)を、河内長野市文化会館ラブリー・ホールに移転。東市長を迎えて、セレモニー、 ニューイヤーコンサートを開催。

4月

大阪シンフォニカーメンバー全員に契約システムを実施。
第2次として、一般楽団員と契約。

7月

第10回日本バレエフェスティバルのオーケストラとして日本を代表するトップバレリーナ達と協演。高円宮憲仁親王殿下よりおほめの言葉を頂戴する。

9月

モスクワ音楽院出身の4名の弦楽器奏者をロシアより招聘。コンサートマスターにライカン・カラグローバ氏が就任。弦楽器部門の強化を図る。

10月

第34回定期演奏会でチャイコフスキーピアノ協奏曲(ソリスト・練木繁夫氏)とショスタコーヴィチ交響曲第5番を演奏、この演奏会に対して2回目の大阪文化祭本賞を受賞。
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