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沿革(1979〜1993年)
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1979年 |
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| 現代表 敷島博子の提唱により、二管編成のオーケストラ大阪シンフォニカー創設を企画。顧問として京都市立芸術大学教授岩淵龍太郎氏ほかを迎え、具体的な相談を始める。 | |||
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1980年 |
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8月 |
団員オーディションを行い、メンバーを選考。 | ||
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9月 |
常任指揮者に小泉ひろし氏、コンサートマスターに亀田美佐子氏が就任、団員50名にて結成。 | ||
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12月 |
会津若松で初演奏(第九) | ||
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1981年 |
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3月 |
第1回定期演奏会を森ノ宮ピロティホールで開催 | ||
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1984年 |
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4月 |
第1回特別演奏会を大阪芸術祭として毎日ホールで開催。 | ||
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1985年 |
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10月 |
5周年記念、第12回定期演奏会を森ノ宮ピロティホールで開催。 | ||
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1987年 |
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4月 |
第4回特別演奏会にヴェルディの大曲「レクイエム」を取り上げ好評を博す。この時の合唱団の中から大阪シンフォニカー合唱団が誕生、現在も活躍中。 | ||
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1988年 |
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10月 |
社団法人を目標とした大阪シンフォニカー協会を設立。 理事長空白のまま、専務理事として敷島博子が就任、業務を執り行う。 |
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1989年 |
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8月 |
トーマス・ザンデルリンク氏を客演指揮者に迎え、第20回記念定期演奏会をザ・シンフォニーホールにて開催。 | ||
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1990年 |
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1月 |
コンサートマスターに林 泉氏が就任。 | ||
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7月 |
3月に新設されたいずみホールで定期演奏会(大阪芸術祭)を開催。 | ||
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9月 |
国際花と緑の博覧会閉会式典演奏を担当。皇太子殿下、世界各国のゲストの前で演奏を行う。 創立10周年記念、第23回定期演奏会をザ・シンフォニーホールで開催、日本芸術文化振興会より助成金を受ける。 |
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11月 |
過去10年に果たした活動の功績に対し、大阪府知事より表彰を受ける。 | ||
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12月 |
9月〜11月までの3カ月間にわたり、朝日放送TVが密着取材を行い、テレメンタリー「細腕シンフォニー」を制作、 放映される。 | ||
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1991年 |
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3月 |
牧村邦彦氏、指揮者に就任。 | ||
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10月 |
大阪シンフォニカー協会理事長に三洋電機株式会社社長井植 敏氏が就任、大阪シンフォニカー協会の拡充を図る。 | ||
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11月 |
トーマス・ザンデルリンク氏を再び客演指揮者に迎え、第26回定期演奏会をザ・シンフォニーホールにて開催、この演奏会に対し、大阪文化祭本賞を受賞。 | ||
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12月 |
大阪シンフォニカー協会事務局長に敷島鐵雄が就任。 | ||
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1992年 |
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1月 |
トーマス・ザンデルリンク氏、音楽監督・常任指揮者に就任。 | ||
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5月 |
トーマス・ザンデルリンク音楽監督・常任指揮者就任披露演奏会シリーズ開催。又このシリーズの中、第29回定期演奏会は、「芸術文化振興基金」の対象となる。 河内長野市に新設された「Lovely Hall」のオープニング公演、モーツァルトのオペラ「魔笛」に出演。 |
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10月 |
大阪シンフォニカーに契約システム導入。第1次として首席、副首席と契約、体制固めを行う。 | ||
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11月 |
第30回記念定期演奏会をザ・シンフォニーホールで開催。 トーマス・ザンデルリンク氏指揮、ベートーヴェンの交 響曲 第3番「英雄」を演奏。 |
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1993年 |
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1月 |
ホーム・グラウンド(練習場)を、河内長野市文化会館ラブリー・ホールに移転。東市長を迎えて、セレモニー、 ニューイヤーコンサートを開催。 | ||
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4月 |
大阪シンフォニカーメンバー全員に契約システムを実施。 第2次として、一般楽団員と契約。 |
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7月 |
第10回日本バレエフェスティバルのオーケストラとして日本を代表するトップバレリーナ達と協演。高円宮憲仁親王殿下よりおほめの言葉を頂戴する。 | ||
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9月 |
モスクワ音楽院出身の4名の弦楽器奏者をロシアより招聘。コンサートマスターにライカン・カラグローバ氏が就任。弦楽器部門の強化を図る。 | ||
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10月 |
第34回定期演奏会でチャイコフスキーピアノ協奏曲(ソリスト・練木繁夫氏)とショスタコーヴィチ交響曲第5番を演奏、この演奏会に対して2回目の大阪文化祭本賞を受賞。 | ||
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