■大阪シンフォニカー交響楽団-楽曲解説DB
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488
Wolfgag Amadeus Mozart: Concerto for pino no.23 in A KV488
演奏時間:11',7',8',(26')
楽器編成:Fl,2Cl,2Fg,2Hr,Str

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488
 ピアノ協奏曲はオペラと並んで、モーツァルトが持てる才能を存分に発揮した最高のジャンルである。少なくとも器楽では質の高さと傑作の多さで、交響曲と弦楽四重奏曲をも凌駕する。ヴァイオリン協奏曲はザルツブルク時代に早々と卒業してしまった。これに対しピアノ協奏曲は、創作に一段と円熟味を増したウィーン時代に、名声と多額の収入をもたらした予約演奏会のために、心血を注いで書き続けた。もともと協奏曲は独奏者の名技性を楽しむ社交的で娯楽性の高いジャンルである。ウィーンに出た1782年の手紙で、素人も玄人も楽しめるピアノ協奏曲を書いていると述べた。第12番K.414が作曲された頃である。しかし彼の創作の転機となった「ハイドン四重奏曲」あたりから、作曲に一層精妙さと深みを加え、ピアノ協奏曲でも単に聴衆を楽しませるだけでなく、自己の内面を吐露し魂を表白するようになってゆく。その典型がニ短調の第20番K.466であり、それ以降の協奏曲はいずれもこのジャンルの最高傑作となっている。皮肉なことにそれとともに人気は凋落し、演奏会用作品の重点は交響曲に移ってゆく。
 ピアノ協奏曲第23番は、第20番の翌年1786年3月2日に完成された。第21番や24番のように、曲によっては演奏会直前に作られることもあるのに、この曲の自筆譜は、自作カデンツァを含めて、完璧に仕上げられている。第1楽章は2、3年前に着手された可能性があり、長い時間をかけて入念に作曲されたのだろう。見事な傑作となった。管弦楽はオーボエ、トランペット、ティンパニを外し、クラリネットを加えた独特のまろやかな音色をもち、優雅に繊細に伴奏する。第1楽章:協奏的ソナタ形式。第2楽章:三部形式。シチリアーノの短調の旋律が哀しいまでの美しさを湛えている。第3楽章:躍動するロンド。
横原千史(音楽学・音楽評論)
モーツァルトといえば、第1に指を屈すべきジャンルはオペラ。そしてそれに続いて充実した成果を残したのがピアノ協奏曲ではないかと私は思っている。初期の他人の作品からの焼直し(第1番〜第4番)は別としても、彼はこのジャンルに実に23曲もの傑作を残している。これらの作品は、自らの手によって予約演奏会で演奏するために作曲されたものがほとんどであるため、実に入念な作りと魅力的な旋律に満ちあふれている。ピアノ・ソロはさほどヴィルトゥオーゾ的な技術を要するわけではないが、シンプルな中に、これほど深い含蓄がこめられた世界はそうはない。ここには、モーツァルトが追い求め続けた人間の真実が、実に見事に集約され表現されているのだ。
 今夜はその中から「第23番 イ長調 K.488」が取り上げられる。モーツァルトのイ長調といえば、クラリネット五重奏曲やクラリネット協奏曲、それに交響曲第29番など、独特のほのかな明るさに彩られた、繊細でファンタジーあふれる作品が多いが、この作品もその例に漏れない。作品が完成したのは、彼が「フィガロの結婚」の作曲にエネルギーを注いでいた1786年3月。ただどうも作曲には1783年あたりから着手していた形跡もあり、初演の時期も分かっていない。
  第1楽章は協奏風ソナタ形式、第2楽章は三部形式、第3楽章はロンド形式と型通りに作られているが、その作りは実に緻密で凝っており、そのため第2、第3楽章では、他人の即興を認めないかのようにカデンツァを置かず、第1楽章のカデンツァでも細部まで自身の手によって入念に書き込まれている。また第2楽章における、嬰ヘ短調、シチリアーノのリズムに乗って奏でられるやるせない悲しみは、まさにモーツァルトならでは。とにかく全曲にわたって親しみ易さと奥行の深さが見事にバランスした希有の名作である。
(C)中村孝義
作曲年代;1786年。
楽器編成;独奏ピアノ、フルート、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、弦楽5部。
 1784年の6曲、85年の3曲のピアノ協奏曲に続いて、1786年にも3曲が作曲されたが、この曲はその86年の3曲のトップ・バッターである。いずれも古典派のピアノ協奏曲の最高位にランクされるべき名品で、ロビンス・ランドンは、「形式、楽器法、旋律、和声の点で、ハイドンの技法を受け継いで、高度の完成へと展開している。」と述べている。
 このイ長調の曲は、モーツァルトの後期のピアノ協奏曲の中で、その親しみやすい主題と、両端楽章がごくありふれたソナタ形式とロンド形式という構成のために、一般的にも広く知られている作品である。また独奏パートとオーケストラが、同一の主題を奏することも、この曲の密度を高めると同時に、わかりやすくしている要因といえる。ピアノが独自の主題を持っていない点は、1784年当時に逆戻りした趣もあるが、作風はそのいずれよりも洗練された簡素さを示している。
 ヘルマン・ベックによると、モーツァルトは普通ピアノ協奏曲では、独奏パートをまずスケッチし、後でこれを入念に仕上げているが、この曲では独奏パート全体を完全な形で書き記していて、細部に至るまで入念に仕上げているので、どのような補充も必要としなかったというのである。これは第1楽章のカデンツァが、完全な形で記譜されていることでもわかる。ほかの協奏曲ではほとんどの場合、自筆スコアにはカデンツァは当該の場所には記譜されていない。そして第2、第3楽章にカデンツァがないのは、絶え間なく華麗なパッセージが続くので、即興的な技法を差し挟む余地がなくなったのだと考えられる。
第1楽章;アレグロ 協奏風ソナタ形式
第2楽章;アダージョ 嬰ヘ短調 3部形式
第3楽章;アレグロ・アッサイ ロンド形式
(無断転載を禁ずる)(C)出谷 啓

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