■大阪シンフォニカー交響楽団-楽曲解説DB
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番ハ長調作品26
Sergey Prokofiev: Concerto for Piano and Orchestra,No.3 in C major,Op26
演奏時間:9',9',9',(27')
楽器編成:2Fl,2Ob,2Cl,2Fg,4Hr,2Tp,3Tb,Tim,1perc(BD,Cym,Cast,Tambn),Str  
ショスタコーヴィチが若いころから天才といわれたのに対して、プロコフィエフは鬼才といわれていた。プロコフィエフの方が16歳年長で、革命の動乱期に日本を経て米国に脱出、ヨーロッパにも渡り、モダニズムの寵児と騒がれた。しかし郷愁に耐えかね、1930年代の初め、ソビエト政権下のロシアに復帰した。
ショスタコーヴィチは、はじめプロコフィエフを崇拝していたが、その情熱はまもなく冷め、お互いの音楽に対して、鄭重に批判を交わしあうだけの仲だったといわれる。プロコフィエフにとって不幸だったのは、スターリンより長く生き延びなかったことだった。1953年3月5日、奇しくもスターリンと同じ日に亡くなったのだ。前出の伝記には「1948年の苦しい試練を経て、教養のない迫害者たちとよりも、互いに通じ合う点があることを、ショスタコーヴィチが十分認識するようになったことは確かである」と記す。
 プロコフィエフのこの協奏曲は、ロシア革命の年、1917年に祖国で着手されたが、翌年祖国を脱出したため、完成したのはパリでだった。
 第1楽章はクラリネットの緩やかな主題、つづいてヴィオラからヴァイオリンが受け継ぐせかせかした主題に導かれて、ピアノが激しく鳴り出すあたり、さすがモダニズムの旗手の面目が躍如としている。第2楽章の叙情的な美しい主題につづく5つの変奏曲もみごとだ。第3楽章のロンド形式では、耳なれた「越後獅子」の旋律が聞こえて、あれ?と思わせる。日本滞在中に聴いた長唄の「越後獅子」にヒントを得たといわれる。「越後獅子」は随所で鳴りながら、強烈なリズムによって、終結に突進する。
(無断転載を禁ずる)(C)雑喉 潤(音楽ジャーナリスト)

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