■大阪シンフォニカー交響楽団-楽曲解説DB
ヴォーン=ウィリアムズ:交響曲第2番「ロンドン交響曲」
Vaughn-Williams: Symphony No.2 “A London Symphony”
演奏時間:(13',10',7',14')44'
楽器編成:3Fl(1,2/Pic,3/Pic),2Ob,1EH,2Cl,1Bs-Cl,2Fg,1K-Fg/4Hr,2Tp,2Crt,3Tb,1Tub/Tim,4Perc(Glock,TT,SD,Trgl,Slgh-Bells,Cym,BD,Sus-Cym)/Hp/Str,Str
縮小版:2Fl(1,2/Pic),2Ob(1.2/EH).2Cl,2Fg/4Hr,2Tp,3Tb,Tub/以下同じ
ヴォーン=ウィリアムズは民謡調の美しい曲を書いたばかりでなく、オペラから合唱曲に至るまであらゆるジャンルに名作を残した。ホイットマンの詩による声楽つき大作《海の交響曲》にはじまり生涯に9つ残した交響曲もヴァラエティに富んだ傑作揃い。本日お聴きいただく《ロンドン交響曲》(1913年初稿完成)もユニークな作品だ。
タイトル通り、重厚壮麗な響きにまじってロンドンの風物を彷彿させるメロディも聞こえてくる。ウェストミンスターの鐘(ロンドンの国会議事堂にそびえる大きな時計塔で鳴る通称ビック・ベン。日本各地のチャイムにも転用されておなじみ)やラヴェンダーの売り子の声など。しかし作曲者自身は、この曲をロンドンの様子を描写した音楽とは受けとめてほしくない、と考えていた。いわく、これは標題のない絶対音楽であり、いわば〈ロンドンっ子による交響曲〉なのだ、と(彼自身も青年期からずっとロンドンに居を構えていた)。
‥‥そんなわけで、本日もぜひ想像をご自由にふくらませて聴いていただきたいが、どうしてもロンドンの光景を当てはめて聴いてみたい!というかたは、英国の指揮者アルバート・コーツが(作曲者の意図に関わらず)この曲を描写音楽として解釈した見事な解説を残しており、最近ではプレヴィン指揮の日本盤CD[BMG/BVCC38479]に全訳が掲載されているのでご参照を。
全曲は伝統的な4楽章交響曲のかたちで書かれているが、第1楽章には静かな(コーツに言わせれば、テムズ河畔の暁に眠るロンドンの静寂のような)プロローグがついている。流れゆく穏やかな時間にハープが《ウェストミンスターの鐘》のメロディを遠く響かせ、木管群が湧きたつとアレグロ・リソルート(速く決然と)の主部へ。なるほど大都会の雑踏をゆきかう売り子の叫び声や裏町の寂れた空気まで聞こえてくる
ようでもあり、あくまで想像はご自由に。
第2楽章は穏やかな緩徐楽章。コールアングレの神秘的なメロディは、コーツいわく霧ふかい秋の黄昏だと言うのだが‥‥。味わい深いヴィオラの独奏に導かれて、遠くからラヴェンダー売りの声。音楽の美しい遠近感を味わい尽くしたい。
《スケルツォ(夜想曲)》と記された第3楽章でも、騒然と盛り上がる雰囲気と静寂との入れ替わりに注目を。「下町の雑踏」と「灰色の霧」のようにお聴きいただくこともできようか。
第4楽章の冒頭、湧き上がる響きの厳しさから何を想像されるだろうか。やがてゆるやかに始まる行進曲調の音楽をコーツは「失業者の行進」と述べたのだったが、霧の大都会ロンドンに生きるロンドンっ子の生きざまから時代の空気まで、まるごと封じこめたような音楽は、いまこの大阪でどんな印象を響かせるだろうか。−−繰り返しになるけれど、この曲は描写音楽ではない。だからこそ、私たちの音楽でもありうるのだ。最後には《エピローグ》として第1楽章のプロローグが回帰、全曲は静かな余韻の彼方へ消えてゆく。
(C) 山野雄大 (音楽ライター)