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長島喜一郎コラム

 

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第7回 ベートーヴェンの「遺書の家」と「エロイカハウス」について
2017-06-21
第 7 回
ベートーヴェンの「遺書の家」と「エロイカハウス」について

  ウィーン北部に位置するデープリングとハイリゲンシュタットは、現在はウィーン市に含まれ18、19区となっていますが、ベートーヴェン当時は寒村でした。当時ここには温泉があり、彼は温泉浴による治療のため夏にたびたび滞在しました。彼の住んだ家がいくつか残っていて、ハイリゲンシュタットの遺書で有名な1802年の家と、その翌年に交響曲第3番を書いたとされる家が博物館になっています。私が初めてこの2軒の家を訪問したのはもう30年も前になります。まだ若かった私は、この家でベートーヴェンが遺書を書いたのか、音楽家にとって耳が聴こえなくなることは致命的だけれども、それを克服して名曲を生み出したベートーヴェンはすごいなあと感慨にふけったものでした。
  多くのベートーヴェン信者が訪問する2軒の家ですが、どのようにしてそれらの年に滞在した家と分ったのでしょう? それは19世紀末にさかのぼります。ハイリゲンシュタットの郷土史家ヨーゼフ・ベック=グナーデナウが、このあたりのベートーヴェンの家を調べ、初めて遺書の家とエロイカハウスを特定しました。それによると調査当時ハイリゲンシュタットにはベートーヴェンが滞在したとする伝承のある家が3軒あり、2軒がその伝承内容から1808年と1817年と考えられ、残りの1軒はどの時代にも当てはまらないので、遺書を書いた1802年の家とされたのでした。この驚くべきあいまいさのままこの家は「遺書の家」となりました。しかしどこかで綻びが出るものです。その後の調査で、この家はハイリゲンシュタットを焼け野原にした1807年の火事以降に建てられたことが明らかになりました。ということは「遺書の家」ではありえません!
  このコラムを読んでいらっしゃる読者の方の中にも、「遺書の家」を訪問されて、感銘を受けた人がいらっしゃるかもしれませんね。この事実はショックでしょうか?でも学問が解き明かす真実には、こういうこともあるのです。
  1803年夏の家に関して、ベートーヴェンが弟子のリースに宛てた手紙(リースが1803年と書き込んでいます)に、次のように書かれています:《私の住所はオーバー・デープリング4番。ハイリゲンシュタットへ向かって山を下って行く道を左へ。》ベックは当時の土地台帳の鑑定を専門家に依頼し、1802年に家屋番号が17から4へ変更された家を探し出しました。こうしてこの家は1803年夏にベートーヴェンが作曲した作品にちなんで、「エロイカハウス」として知られるようになりました。しかしこの家は《道を左ヘ》行くことなく、もとの道の右側にあります。私は初めて訪問したときから、それを不審に思っていました。時が流れ1995年にウィーン・ベートーヴェン協会会長ヴァルター・ブラウナイスは台帳を調べ直し、家屋番号の変更はようやく1805年になって行われ、当時の4番はエロイカハウスのすぐ先を左に折れた先にあったと発表しました。ですから思ったとおり「エロイカハウス」もベートーヴェンが避暑した家ではなかったのです!
  これらの研究成果は「遺書の家」や「エロイカハウス」で買うことができるパンフレットに20年前から書かれ、ウィーン市の公式見解となっています。しかし昨年某音楽雑誌で、あいかわらず「遺書の家」と「エロイカハウス」がベートーヴェンの家とする記事を読みました。日本の学者先生は楽譜を熱心に研究されますが、作曲家が住んだ家に関しては手が回らないようです。作品の歴史的背景としてもっと研究する価値があると思うのですが…。


(写真左)遺書の家/19区 Probusgasse 6
(写真右)エロイカハウス/18区 Döblinger Hauptstraße 92

 
 
音楽ジャーナリスト 長島 喜一郎
「プログラム・マガジン」2017年7・8月号掲載
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