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インタビュー 村上 慈(ヴァイオリン奏者)
2021-09-06
— 大阪交響楽団に入ったのはいつになりますか?
 
四半世紀とまではいきませんが、中堅でしょうか。それまで住んでいた名古屋から引っ越してきました。私は北海道の旭川市出身で関西にはまったく縁がなく、母にも「大阪は吉本新喜劇の印象しかない」と言われたくらいです(笑)。心機一転、国内留学するぐらいの気持ちでした。みんな気さくに話しかけてくるし、外国みたいな感じでカルチャーショックも沢山ありました。あとは住まいを探している時に「今、決めてくれはったら○○にしときますわ」と言われて、家賃の割引にびっくりしたし、「こんなもんでいけますか?」と聞かれて、「どこに行くんだろう?」と思ったり…驚きの連続でした。オーケストラのメンバーと接していても、楽しいことを常に求めていて、それまでには得られなかった良い刺激を受けました。
 
— ヴァイオリンを始めたきっかけは何だったのですか?
 
もともと音楽が好きで、教室にも通っていました。家では母が日本の童謡を聴かせてくれるような環境にありました。姉がやっていたヴァイオリンを、自然と自分も始めたいと思ったんです。北海道ののんびりした雰囲気の中で、嫌と思うこともなかったし、続けてゆくことが大事という環境でした。進路を決めたのは高校2年生の夏頃で遅かったです。
 
— それで音楽大学に進まれたわけですね。
 
岡山芳子先生に習いたくて、当時先生が教えていらっしゃった愛知県立芸術大学に行きたいと思いました。先生との出会いが大きかったです。大学では女子寮に入りました。門限もあって規則正しい生活をしていたんですが、この頃から定期的に北海道へ帰って、生まれ育った雄大な大地を踏み、広い空を見上げるというリズムが出来上がったように感じています。今でも時間のある時は北海道に帰って、心の充電をしてバランスをとっています。
 
— 長くオーケストラに在籍されていると、沢山の指揮者との共演もあるかと思いますが...。
 
入団した年のワインを買って、大切に持っているんですよ。当時、指揮者が曽我大介さんの時代でした(第3代音楽監督・常任指揮者)。年間100回近い演奏会がある中で、普段からそれぞれの指揮者の方が持っているものを汲み取り、消化吸収して、音として表現していきたいと思っています。
 
— オーケストラでヴァイオリンを弾いていて良かったと思える瞬間は何ですか?
 
合わせているっていう感覚じゃなくて、タイミングや音色というものが、あるべきところに表現できて、時間とか空間とかがわからなくなるような瞬間を感じた時というのは、代えがたいものがありますね。普段から自分が良い状態でいなくちゃいけないと思いますし、クリアでいたいと思っています。ヨガやピラティスをやってみたり、リトミックの資格を取ったり、社交ダンスを習ったりと、何でも直感的にやりたいと感じたことに取り組んでいます。しっくりとくれば続けているし、結果的にそれが手助けになっているような気がします。一見、音楽と全然関係のなさそうなものが、実は底辺で結びついているように感じることもあって、そうしたものをなるべく沢山見つけたいなと思っています。全てが音楽につながっていると信じて進む感覚ですね。
 
 
 
村上 慈写真(C)飯島 隆
 
聞き手/小味渕彦之(音楽学・音楽評論)
 
~プログラムマガジン2021年度8・9月号掲載~
 
 
 
 
 
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