大阪交響楽団 曲目解説 名曲コンサート 2017年度

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2017年度 名曲コンサート 曲目解説

 
 
第99回名曲コンサート   12月2日(土)
ポール・マーフィー

 
クララのクリスマス
-ラヴェル没後80年-
 
2017年12月2日(土)
昼の部 13時30分/夜の部 17時00分 開演
 
 
モーリス・ラヴェル(1875-1937)
組曲「マ・メール・ロワ」
 
作曲家ラヴェル(1875年〜1937年)は1908年の夏、親友ゴデブスキーのスペインの別荘を訪れた。子供好きのラヴェルは、夫妻の子供たち、幼いミミとジャンに、おとぎ話を語る。そして彼らに5つのピースからなるピアノ連弾曲を贈った。それが『マ・メール・ロワ(マザー・グース)』である。
第1曲目は、ペローの童話「眠れる森の美女」をモチーフにした「眠れる森の美女のパヴァーヌ」。眠りに誘うような、あるいは眠っている美女のそばで歌うようなゆったりとした曲。第2曲目は、やはりペローの「親指小僧」。親指小僧は森で迷わないためにパン屑を撒いておいたが、鳥に食べられてしまったので道に迷ってしまう−という物語。第3曲目は、「パゴダの女王レドロネット」。魔力で醜い姿に変えられてしまったレドロネット女王が緑色の蛇(実は王子)に助けられ結婚するもさらなる試練がやってくる、が最後は平和に終わるというドーノワ夫人の童話「緑色の蛇」の1シーン。女王が入浴すると、中国の人形が楽器を奏でて歌い始める。なお、「緑色の蛇」は、バレエ音楽「パゴダの王子」(ブリテン作曲)の原案の一つでもある。第4曲目は、ボーモン夫人作「美女と野獣」より「美女と野獣の対話」。醜いが心は美しい野獣が美女に求婚する。美女はためらうが、やがて受け入れる。すると野獣は、もとの姿である美しい王子となる。第5曲目は、再び、ペローの「眠れる森の美女」から、眠っていた美女が王子のキスで目覚め、幻想的な世界が広がる「妖精の園」。終曲にふさわしく、華麗に盛り上がる。
このピアノ連弾曲は、1910年、独立音楽協会の初コンサートで演奏されることになったが、ミミとジャンには無理だったため、パリ国立音楽院の教授マルグリット・ロン(ロン・ティボー・コンクールの創始者)の生徒が弾いた。1911年には管弦楽に編曲され、さらにパリのテアトル・デザール(芸術劇場)の支配人の依頼でバレエ版が誕生。ラヴェル自ら台本を作成し、曲順を入れ替え、新たな曲も加え、1912年に初演された。1948年にはニューヨーク・シティ・バレエがボレンダー振付、1975年にはロビンス振付で上演している。またクランコ版『美女と野獣』にもこの曲は用いられている。
『マ・メール・ロワ』は、ラヴェルにとって最初のバレエ音楽ではあるが、たとえば『ダフニスとクロエ』(1912年)や『ボレロ』(1928年)ほどにバレエ作品としての上演頻度は高くはない。
 
 
作曲年代
1908年〜1910年(ピアノ連弾組曲)、1911年(管弦楽編曲)、
1911年〜1912年(バレエ版)
初  演  1910年4月20日、ジャンヌ・ルルーとジュヌヴィエーヴ・デュロニーの演奏。パリ・サル・カヴォー・ホール(ピアノ連弾組曲)
1912年1月12日 パリ初演(管弦楽組曲)
1912年、ガブリエル・グロヴル指揮。パリのテアトル・デ・ザールにて(バレエ版)
楽器編成
 フルート2(ピッコロ1持ち替え)、オーボエ2(イングリッシュ・ホルン1持ち替え)、クラリネット2、ファゴット2(コントラファゴット1持ち替え)、ホルン2、ティンパニ、大太鼓、シンバル、タムタム、トライアングル、
木琴、ジュ・ド・タンブル(グロッケンシュピール)、チェレスタ、ハープ、弦五部
 
 
 
イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)
バレエ組曲「火の鳥」 (1919年版)
 
ストラヴィンスキーは1882年にペテルブルグ郊外で生まれた。父親はオペラ歌手。幼いころ、歌劇場で初めてオペラを聴き大感激したという。1892年、10歳の時には、歌劇場のロビーでチャイコフスキーの姿を見たことが自伝に記されている(その後、間もなくチャイコフスキーは急死する)。1892年といえば、『くるみ割り人形』が初演された年。その2年前に大好評を得た『眠れる森の美女』の振付者でもある巨匠マリウス・プティパが、マリインスキー劇場のバレエ監督を務めていたころだ。歌劇場に足繁く通ったストラヴィンスキーは、(現在にも残る)古典バレエの名作を堪能し、さらにプティパの次の世代(でありストラヴィンスキーと同世代)の振付者、フォーキン(1880年生まれ)の才能にもリアルタイムで触れていた。
やがてストラヴィンスキーはディアギレフに出会う。ロシアの興行師であり、あの「バレエ・リュス」の創始者である。
バレエ作品『火の鳥』は、ディアギレフの発案だった。「火の鳥」はロシア民話。「火の鳥」は幸福のシンボルとされ、ロシアの民芸品などにも描かれている。
当初、ディアギレフは他の作曲家に依頼していたが、「バレエ好きな」ストラヴィンスキーはすでに曲の構想を練っていた。正式に彼に依頼したディアギレフはそれを知り驚いたという。
台本と振付はフォーキン。二人は相談しながら創作する。ストーリー展開と音楽、振付が同時に生み出された。「イワン王子は、救った火の鳥の羽に助けられ、魔王カスチェイを倒し、美しい王女と結ばれる」というストーリー。フォーキン自身がイワン王子役で出演し、1910年初演。それは大きな話題を呼んだ。その後、ストラヴィンスキーは『ペトルーシュカ』『春の祭典』など次々にバレエ音楽を作曲することになる。
さて、初演の翌年には、全曲からナンバーを選りすぐり演奏会用の組曲が作られた。今回演奏されるのは、1919年のヴァージョンである。
「序曲」「 火の鳥の踊り」「火の鳥のヴァリエーション」「王女たちのロンド(ホロヴォード)」「魔王カスチェイの凶悪な踊り」「子守歌」「終曲」となる。
バレエ音楽『火の鳥』は、バランシン(ニューヨーク・シティ・バレエ、1949年初演。美術:シャガール)、リファール(パリ・オペラ座、1954年)ほか数多くの振付家が新版を発表。ベジャールは組曲版(1945年版)をもとにパルチザンの闘争を描いている。今年3月にはオーケストラ×日本舞踊企画で、1919年版を使用し出雲神話を描いた『KUNIYUZURI〜国譲り〜』が出雲で初演された。ドラマ性に富んだその音楽は、聴くものの想像力を喚起する。
 
 
作曲年代  1909〜1910年(バレエ版)、1919年(1919年版)
初  演
 1910年6月25日。ガブリエル・ピエルネ指揮。パリ・オペラ座にて。(バレエ版)
1919年4月、エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団(1919年版)
楽器編成 フルート2(ピッコロ1持ち替え)、オーボエ2(イングリッシュ・ホルン1持ち替え)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、バスドラム、タンバリン、シンバル、
トライアングル、シロフォン、ハープ、ピアノ、チェレスタ、弦五部
 
 
 
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)
バレエ「くるみ割り人形」 第2幕 (全曲)
 
『くるみ割り人形』は、チャイコフスキーの三大バレエ音楽の最後の曲。
『白鳥の湖』の初演(1877年)の評判が芳しくなかったため、バレエ音楽から遠ざかっていたチャイコフスキーだが、ペテルブルグ帝室劇場のディレクター、フィセヴォロシスキーと振付家マリウス・プティパから依頼され、『眠れる森の美女』を作曲、これが大成功をおさめ、その初演(1890年1月)の翌月末、ディレクターは次作を提案する。それがドイツの怪奇小説家ホフマンの「くるみ割り人形とネズミの王様」をもとにした『くるみ割り人形』である。ただし、バレエの台本の原本となったのは、ホフマンの小説を翻案したアレクサンドル・デュマのフランス語版。ホフマン版では気乗りのしなかったチャイコフスキーだがフランス風に脚色されたデュマ版を読んで作曲を引き受ける。
プティパ作成の作曲依頼書により、場面ごとの情景と小節数まで指定されたなかで、しかし規制があったからこその自由な発想から生まれたその音楽は幻想的な広がりをもつ。だが美しさとともに、そこには悲劇の予感のような不気味さも漂っている。その原因として、革命の前兆が見えるその時代背景、チャイコフスキーの妹の死、あるいは、もともとの原典であるホフマン版の怪奇性を指摘する声もある。『くるみ割り人形』初演の翌年、チャイコフスキーは53歳で突然亡くなる。
そのファンタスティックでミステリアスな音楽は、様々な振付家の感性を刺激し、色々な演出のバレエが現在も誕生し続けている。デュマ版でなくホフマン版に基づく『くるみ割り人形』も最近は珍しくはないが、ここではデュマ版に基づくあらすじを紹介しよう。
《クリスマスイブの夜、少女クララ(マーシャという名の場合もある)の家でのパーティー。クララは紳士ドロッセルマイヤーからプレゼントされた、くるみ割り人形を一目で気に入る。パーティーが終わり家中が眠りについた深夜、クララが居間へとやってくると、部屋のあちこちからネズミが現れる。やがてくるみ割り人形率いる兵隊たちとネズミたちの戦争が始まる。くるみ割り人形が危機一髪となったそのとき、クララは自分のスリッパをネズミに投げつける。助けられた人形は美しい王子に変身、クララを雪の国に案内する。》
ここまでが第一幕。今回演奏されるのは、バレエ公演では休憩後となる第二幕だ。
第二幕は、お菓子の国。王子は、金平糖の精にクララを紹介する(序曲)。ネズミとの戦争でクララに助けられたことを説明(第一幕でのネズミとの戦闘の主題が奏でられる)、金平糖の精はクララに礼を述べ、彼女を歓迎。ファンファーレが饗宴の開始を告げる。
ここからがディヴェルティスマン。物語には直接関係なく、お菓子の精たちが、それぞれ踊りを披露する。民族舞踊を舞台芸術に洗練させた様々なキャラクター・ダンスが繰り広げられる。
「チョコレートの精(チョコレート発祥のスペインの踊り)」、「コーヒーの精(アラビアの踊り)」、「お茶の精(中国の踊り)」、「トレパック(ロシアの踊り)」、「葦笛の踊り(パストラル=羊飼いの踊り)」、「ジゴーニュおばさんと子供達の踊り(「おばさんのスカートから子供達がはい出してくる」と作曲依頼書に記載されており、現在もそのように上演されることも多い)」。
その後に群舞(コール・ド・バレエ)の見せ場でもある「花のワルツ」、そして饗宴の、いや、この作品のクライマックスである「金平糖の精と王子パ・ド・ドゥ」となる。まずは二人で踊るアダージオ、次に王子、金平糖の精のソロ(チェレスタの愛らしい音色で始まる)、最後には二人で踊るコーダとなり、全員で踊る「フィナーレ」と続く。バレエ公演では、最後の「アポテオーズ」で、クララが目覚める、という演出が多いが、じつは初演の台本にも作曲依頼書にもそのような指示はない。音楽は幸せに満ち溢れた夢のような世界のままで終わる。
 
 
曲年代  1891年〜1892年
初  演  1892年12月6日。ドリゴ指揮。ロシア帝室マリインスキー劇場にて。
楽器編成
 フルート3(ピッコロ2持ち替え)、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン、クラリネット2、バス・クラリネット、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、グロッケンシュピール、タンバリン、タムタム、ラチェット、カスタネット、シンバル、トライアングル、大太鼓、小太鼓、チャイム、ムチ、吊シンバル、トイドラム、銃、ハープ2、
チェレスタ、弦五部(全曲版)
 

 

     (C) 桜井 多佳子(舞踊評論)(無断転載を禁ずる)

 

 

ポール・マーフィー写真 
(C)Birmingham Royal Ballet

 

 

 

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