大阪交響楽団 2017年度 定期演奏会 曲目解説

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第223回 定期演奏会   11月2日(金)
外山 雄三  撮影:三浦興一
堤 剛 (C)鍋島徳恭

2018年11月2日(金)19時00分開演
 
 
アントニン・ドヴォルザーク(1841-1904)
チェロ協奏曲 ロ短調 作品104
 
  この協奏曲を初めて聴く人の誰もが、2楽章途中のトリオ部分で、ティンパニを含むやけに大げさな響きが登場し、その直後に凛々しくも美しい旋律があらわれる部分に強い印象を受けるはずだ。ハッとするほど魅力的ではあるものの、どこか唐突の感もまぬがれず、全体のバランスから見ると奇妙なまでに「浮いている」。それもそのはず、これは彼の旧作「4つの歌曲」作品82の中の一曲「私にかまわないで」の旋律なのだ。
 一体なぜ、アントニン・ドヴォルザーク(1841-1904)はこの曲を引用したのだろう。
 あくまでも状況証拠にしか過ぎないものの、彼が1860年代に想いを寄せていたヨゼフィーナという女性に、その理由を求めることができるというのが、大方の見解である。実はこの女性は、ドヴォルザークの妻の姉。もともと姉に恋していたもののうまくいかず、いつしか妹と心を通じ合わせることになったわけである。そして伝記作者ショウレクによれば、ヨゼフィーナはこの「私にかまわないで」を大変に好んでいたというのだ。
 もちろん単に、若い頃に書いた旋律を使ってみただけという可能性もある。しかし、まさに「チェロ協奏曲」を書いている途中の1884年、アメリカのドヴォルザークは、チェコに住むヨゼフィーナが重い病気に罹っていることを知り、さらに翌1885年、彼女が死去したという報を受け取っている。状況を鑑みれば、あの旋律がヨゼフィーナを示すものと考えるのは、むしろ自然なことだろう。それが遠い日の恋愛感情だったのか、あるいは単に親戚の身を心配するものだったのかはともかく、この協奏曲の(とりわけ第2楽章の)抒情がひとりの女性に由来しているというのは、我々にとっても興味深いことだ。
 ちなみに、若いころチェロ協奏曲を試みて挫折した経験のあるドヴォルザークが、再びこのジャンルに挑戦しようとしたのは、アイルランド出身のアメリカの作曲家ヴィクター・ハーバート(1859-1924)の「チェロ協奏曲第2番」との出会いが大きなきっかけだったという。このハーバート作品、実際に聴いてみるとわかるのだが、冒頭からチェロが高音域で柔らかく歌い、時にはヴァイオリン協奏曲のようにさえ響く。おそらくドヴォルザークはこの曲を聴いたとき、チェロという低音楽器を用いつつも、ロマンティックに音楽を紡ぐことが可能だという確信を持ったに違いない。
 彼がもともと有していたスラヴの旋律美、学生時代に学んだワーグナー的な半音階とブラームスの構築性、ここに遠い日の恋愛とハーバートのアイディアが注ぎ込まれたときに、この「チェロ協奏曲」は一種の必然として立ち上がったに違いない。
 第1楽章(アレグロ)は、まず管弦楽が2つの主題を提示し、その後にチェロ独奏が加わるという古典的なスタイル。野太い主要主題と、最初はホルンで奏される優美な副主題の対比が魅力的だ。三部形式で書かれている第2楽章(アダージョ・マ・ノン・トロッポ)は、先にも触れたようにトリオ部分で突然、歌曲「私にかまわないで」の引用があらわれる。そして第3楽章(アレグロ・モデラート)は一転して情熱的なロンド。そして終楽章では、まずトライアングルに誘われてチェロが民俗舞曲風の主題を提示し、長調の副主題群をはさみながら定石通りに進んでゆく。ところが最後のコーダは突如としてアンダンテへと減速。ここでゆっくりと第1楽章の主題、そして第2楽章で現れた歌曲の旋律が回想される。この部分は、ヨゼフィーナの死去の知らせに呼応したものなのかもしれない。
 
   作曲年代 1894〜95年
 初  演 1896年3月19日、ロンドン。作曲者自身の指揮、レオ・スターンの独奏による。
 楽器編成
独奏チェロ、フルート2(1名はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン3、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル、弦楽5部
 
 
 
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)
交響曲 第5番 ホ短調 作品64
 
 ドヴォルザークとチャイコフスキー(1840-1893)は、わずかひとつ違いの作曲家である。民族的な素材をドイツ・ロマン派の基盤に流し込んだ点でも共通点があるし、また、作曲年や編成のデータを見ていただければお判りになるように、この「第5番」は先の「チェロ協奏曲」とほぼ同じ時期に、ほぼ同じような編成で書かれている。二人の作曲家、そしてふたつの超有名曲をそうした観点から比べてみるのも、面白いかもしれない。
 「第5」が初演された際、チャイコフスキーは文通相手のフォン・メック夫人に、この曲には「なにか不誠実なもの」や「大げさな色彩」があると述べている。自作に対して厳しい、時には自虐的ともいってよい評価を投げかける作曲家ならではの反省ともいえるが、どこか謎めいたニュアンスを含んだ言葉でもあろう。以下、少しばかりその内実について想像をめぐらせてみたい。
 まず考えられるのは、全体の構成。この「第5番」を特徴づけているのは、なんといっても冒頭の「運命の主題」が全曲に通底して用いられている点であり、しかも冒頭では短調で寂しく提示された主題が、終楽章にいたって堂々たる長調のマーチとして出現するという、ベートーヴェンの「運命」(同じく「第5番」だ)と似た趣向を持っている。かくして4つの楽章はひとつの物語として緊密に結び付けられるわけだが、一方で、これをあまりに図式的とする見方もあるだろう。実際、彼の音楽仲間やブラームスはおそらくこうした理由で、とりわけ終楽章に対して批判的だった。チャイコフスキー自身も、この点を少々わざとらしく、何かしら「不誠実」だと考えていたのかもしれない。
 もうひとつの「大げさな色彩」という語から想像されるのは、この曲の華麗な素材群やオーケストレーションの在り方だ。確かに19世紀の交響曲の中でも、これほどに印象的な旋律が次々にあらわれ、そしてこれほどにカラフルにオーケストラが鳴る作品も珍しい。そんなところを自分では「やりすぎ」と思ったのかもしれない。
 しかし本日の聴き手の皆さんも首肯してくださると思うのだが、こうした欠点(?)はそのまま、この曲のかけがえのない魅力ともなっている。クラリネットで冒頭に奏される侘しい「運命の主題」に始まって、ポーランドのリズム、映画音楽のように甘美な旋律、バレエ音楽を思わせるワルツが次々にあらわれる楽しさ。終楽章ではいよいよ「運命の主題」が帰ってくるわけだが、一瞬のパウゼを経て後半で現れる部分の派手さなど、圧巻ではないか。この個所を「ドラえもん」主題歌のようだと揶揄する人もいるらしいが(!)、主題が堂々と金管で奏される様子は一度聴いたら忘れられないはずだ。いずれにしても、オーケストラという合奏体を聴くという喜びを、これほど直截に感じさせてくれる交響曲も珍しい。
 以下、各楽章の流れをごく簡単に記しておく。
 第1楽章(アンダンテ-アレグロ・コン・アニマ)は重苦しい序奏から始まるが、先にも述べたように、ここで提示される旋律はその後も随所にあらわれて、全楽章を統一する役割を果たす。続いて、クラリネットとファゴットで奏される翳りを帯びた主要主題のリズミックな性格が、楽章を通じて強引に音楽を進めていく。第2楽章(アンダンテ・カンタービレ)は、憧憬に満ちた旋律による3部形式の緩徐楽章。なによりホルン奏者にとっては最大の腕の見せ所だ。第3楽章(アレグロ・モデラート)に、作曲者は敢えてワルツを置いた。主部の艶やかさはもちろんだが、中間部の弦の刻みも要注目。そして第4楽章(アンダンテ・マエストーソ-アレグロ・ヴィヴァーチェ)は、序奏の旋律が形を変えた荘厳な主題で幕を開け、最後には勝利の大行進曲となってクライマックスに到達する。多少図式的であろうが、そんなことはどうでもいい。オーケストラの爽快感が炸裂する、痛快な音楽というほかない。

 
   作曲年代 1888年
 初  演
1888年11月17日、ペテルブルク。作曲者自身の指揮による。
 楽器編成
フルート3(1名はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、弦楽5部

 
(C)沼野雄司(音楽学)(無断転載を禁じる)
 
   
 
 
 
                                     
 
 
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