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第240回 定期演奏会   6月11日(木)
ジェイソン・ライ
菊池 洋子

 
2020年6月11日(木)19時00分開演 開催中止
 
フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847)
序曲「ルイ・ブラス」 作品95
 
  裕福な一家に生まれたメンデルスゾーン(1809~47)は、恵まれた音楽環境の中で育ち、早くから才能を発揮し、作曲家として評価された。1835年には、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に就任し、シューマンと親交を結んでいる。メンデルスゾーンというと、筆が速く、音楽があふれ出てくるというイメージが強い。それは事実である一方で、自作の推敲や改訂に力を入れたことも忘れてはならないだろう。
  序曲《ルイ・ブラス》は、1838年に初演されたヴィクトル・ユゴーの同名の戯曲を、翌39年にライプツィヒで慈善上演するために委嘱されて、わずか3日で書き上げたと伝えられている。劇の舞台はスペインで、女王に愛されて出世した主人公が、陰謀に立ち向かい、女王の名誉のために自ら犠牲となる悲劇であるが、メンデルスゾーンは、ユゴーの作品そのものを酷評したと言われている。劇場での初演後、3月21日には、改訂を施した上で、ゲヴァントハウス管を指揮して、演奏会による初演が行われた。なお、この序曲は、交響曲第4番《イタリア》や第5番《宗教改革》と同様に、作曲者の存命中はスコアの出版は行われず、没後の1850年代に入ってから刊行された。
 ハ短調のラルゴでスタートする楽曲は、序奏付きのソナタ形式を応用しつつ、冒頭部のファンファーレ風のコラールを主部でも活用するなど、ドラマティックな構成になっている。再現部では主題が長調で奏され、勝利を告げ知らせるように結ばれる。
 
●作曲年代
1839年
●初  演
1839年3月11日(改訂版の演奏会初演は3月21日)。メンデルスゾーン指揮。ライプツィヒにて。
●楽器編成
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦5部
 
 
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15
 
 ボンのケルン選帝候の宮廷歌手の息子として生まれたベートーヴェン(1770~1827)は、息子を神童として売り出そうとした父親から、厳しい練習を強要され、7歳の時に鍵盤奏者として公開演奏会でデビューした。 1792年にハイドンに作曲を学ぶために、ボンからウィーンへと移り住んだベートーヴェンは、1795年に公開演奏会でピアニストとしてデビューし、やがて、作曲家としても注目を集めるようになった。したがって、第4番までのピアノ協奏曲は、コンポーザー=ピアニストであったベートーヴェン自らがソロを弾くことを前提に作曲され、自ら初演を行っている。
 この第1番は、1793年に着手され、95年に一旦完成した後、推敲を経て1800年に現在の形となった。従って、現在は第2番とされている楽曲よりも後に完成した作品であるが、1801年3月にウィーンのモーロ社から、第2番より9カ月早く出版されたために、出版順に番号が与えられ、第1番とされている。楽曲の構造の面でも、楽器編成の面でも、第2番よりも規模が大きくなっており、ハイドンやモーツァルトの同ジャンルの作品に比べて、オーケストラ・パートが、よりシンフォニックに書かれている。協奏的ソナタ形式による第1楽章をはじめ、古典派のスタイルに則りながら、新鮮で溌剌とした曲想が盛り込まれ、独奏パートにも趣向が凝らされている。第1楽章のカデンツァも、ベートーヴェン自身の作が、3つ残されているあたりにも、若き作曲者の意欲をうかがうことができる。
 初演のピアノ独奏をベートーヴェン自身が担当したことは確かであり、初稿は1795年にウィーンで演奏されたと考えられている。また、1798年にプラハのコンヴィクト講堂でも演奏されたと伝えられるなど、出版される以前から演奏されていたことが知られている。

第1楽章 : アレグロ・コン・ブリオ ハ長調 4分の4拍子 協奏的ソナタ形式
第2楽章 : ラルゴ 変イ長調 2分の2拍子 三部形式
第3楽章 : ロンド アレグロ ハ長調 4分の2拍子 ロンド形式
 
●作曲年代 1793〜1800年
●初  演
(初稿)1795年3月29日、作曲者本人のピアノ独奏。ウィーンのブルク劇場にて。
●楽器編成
独奏ピアノ、フルート1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部
 
 
ロベルト・シューマン(1810-1856)
交響曲 第2番 ハ長調 作品61
 
 書籍商の子息として、ドイツのツヴィカウで生まれたシューマン(1810~56)は、文学と音楽に興味を抱き、1828年春にライプツィヒ大学法科に入学。同年8月にクララ・ヴィークの父からピアノを習い始め、その年の秋からライプツィヒで始まったベートーヴェン・ツィクルスで、楽聖の交響曲に接して大いに刺激を受け、交響曲を創作の目標と定めることになる。同一ジャンルの楽曲を集中的に手がける傾向があったシューマンは、「交響曲の年」である1841年に、交響曲第1番、《序曲、スケルツォとフィナーレ》、ニ短調の交響曲(後に第4番となる交響曲の初稿)を矢継ぎ早に完成した。
 クララ夫人のロシア楽旅に随伴中に鬱状態に陥ったシューマンは、「フーガの年」と呼ばれている1845年の12月9日にドレスデンでシューベルトの《ザ・グレイト》の再演を聴き、交響曲への意欲がわき上がり、新たな交響曲のスケッチに取り組み始めた。シューマンは、ニ短調の交響曲では、全曲を続けて演奏する試みを行ったが、新たな交響曲は、第1番と同様にベートーヴェンの伝統である4楽章形式に立ち返っている。しかし、1846年には幻聴に悩まされたこともあり、同年2月に開始したオーケストレーションは断続的に行われ、ようやく10月になって完成した。
 作曲者本人が「半分病人の状態で作曲を行った」とも述べている交響曲には、病の克服と再起のプロセスが刻印されているかのようでもあり、明朗な響きを発するハ長調を主調にしながら、その不安な精神状態を反映するかのように、独特な緊迫感と激しい表出力に富んだ楽曲になっている。シューマンは、初演後に即座に両端楽章に手を加えて、同月16日には、新たな版で演奏が行われている。スコアは、1847年に刊行された。

第1楽章 : ソステヌート・アッサイ ハ長調 4分の6拍子~アレグロ・マ・ノン・トロッポ ハ長調 4分の3拍子 序奏付きのソナタ形式を採り、冒頭部でモットー音型が金管で奏される。展開部では、第1主題はほとんど扱われず、推移部の動機が重要な役割を果たしている。
第2楽章 : スケルツォ(アレグロ・ヴィヴァーチェ) ハ長調 4分の2拍子 2つのトリオを伴うスケルツォ楽章。結尾部ではモットー音型が登場する。
第3楽章 : アダージョ・エスプレッシーヴォ ハ短調 4分の2拍子 三部形式 跳躍音程を織り込んだ主題が幻想曲風に扱われる緩徐楽章で、ロマンティックでありながら、厳粛な響きも備えている。
第4楽章 : アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ ハ長調 2分の2拍子 変則的なソナタ形式の後に大規模な結尾部が続く終楽章。短い導入部のあと、快活な第1主題が提示される。展開部はなく、再現部が展開部風に拡大されている。さらに、後半部では、ベートーヴェンの歌曲集《遙かな恋人に寄す》の第6曲に基づくコラール主題やモットー音型などとともに、対位法的な書法も盛り込まれ、壮麗な響きへと到達する。
 
●作曲年代 1845~46年
●初  演
1846年11月5日、メンデルスゾーンの指揮。ライプツィヒにて。
●楽器編成
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦5部
 
 
(C) 満津岡 信育(音楽評論)無断転載を禁じる)
 
 
 
 
 
 
 
                                     
 
 
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