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2020年度 名曲コンサート 曲目解説

 
 
第112回名曲コンサート  8月1日(土)
小林 資典
田村 響

 
ベートーヴェン~ブラームス
 
2020年8月1日(土)
昼の部 13時30分/夜の部 17時00分 開演

 

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
バレエ音楽「プロメテウスの創造物」 作品43 序曲
 
 バレエ全体の初演は1801年、ウィーンにて。当時一世を風靡した舞踊家・振付師、サルヴァトーレ・ヴィガノの作で、同地では同年だけで14回も上演されたというから、大ヒット作と言えよう。プロメテウスといえば、人間界に火を与え、その所業ゆえにゼウスに罰せられたギリシア神。しかし、ヴィガノの台本(現存せず)に登場するプロメテウスは、学問と芸術を通して人間を教育する神として描かれていたと推測される。ベートーヴェンもそこに魅かれ、本バレエへの付曲を引き受けたようだ。
 全体は、序曲、「嵐」と題された導入曲および16のナンバーからなるが、本日はそこから序曲を聴く。いきなり不協和な響きを叩きつけてくるのは、同時期に書かれた交響曲第1番とよく似た手法。若きベートーヴェンの野心が感じられる。この序奏部は、この後すぐにオーボエとホルンによるたおやかな旋律をつむぐが、それも束の間。疾走する主部に入るとシンコペーション(タタータ・タタータのリズム)が頻出し、どこか現代的なニュアンスも。
 
●作曲年代 1800~1801年
●初  演
1801年3月28日。ウィーン、ホーフブルク劇場にて。
●楽器編成
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部
 
 
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73 「皇帝」
 
 「皇帝」の名で親しまれているベートーヴェン最後のピアノ協奏曲、第5番。しかしこの呼び名は、ようやく19世紀の中頃になって、ロンドンの作曲家・出版人ヨーハン・バプティスト・クラマーが言い出したもののようだ。生前のベートーヴェンと親交があったというクラマーだが、この命名は、作曲者の意図に沿ったものではない。
 とはいえ、そう名づけたくなる気持ちも分からなくはない。本作は「変ホ長調」を主調に書かれているが、同調は英雄的なもの、壮麗なものを表現するに適しているとされるからだ。第1楽章など、まさにその通り。いきなり独奏ピアノの華麗なソロを置いて開始される。当時最先端のピアノが6オクターヴもの広い音域をカヴァーし、強靭な音を出せるようになったことも、作曲家を刺激しただろう。
 いっぽうで、ベートーヴェン自身のつもりとしては、彼の「愛国心」を表明したもの、という推測も成り立ちそうだ。この曲が着手された1809年、ウィーンはナポレオンの軍勢によって占領されていた。1804年に続き、2度目である。「なんと破壊的で、殺伐たる生活だろう! 太鼓や大砲の音、ありとあらゆる人間の悲惨があるばかりです」(ベートーヴェンの手紙より)。そうした中、ヨーゼフ・フォン・コリンの愛国的な詩「世界に冠たるオーストリア」が注目を集め、ベートーヴェンもこれに付曲を試みており、そのスケッチとこの協奏曲のいくつかのスケッチが、ちょうど並んでいるのだ。しかも自筆スコアの第2楽章には、こんな走り書きまで見える。「オーストリアよ、ナポレオンに仕返しをしてやれ!」。この穏やかな、平安のしらべに満ちた楽章には、およそそぐわない言葉ではあるけれど。
 ナポレオンを避けて疎開していた、ベートーヴェンの理解者にして生徒、ルドルフ大公がウィーンに戻ってくると、当作はこの大公に献呈された。

 
第1楽章 アレグロ
第2楽章 アダージョ・ウン・ポーコ・モート
第3楽章 ロンド、アレグロ・マ・ノン・トロッポ − ピゥ・アレグロ
 
●作曲年代 1809年
●初  演
1811年11月28日。フリードリヒ・シュナイダー独奏。ライプツィヒ、ゲヴァントハウスにて。
●楽器編成 独奏ピアノ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部
 
 
ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
交響曲 第2番 ニ長調 作品73
 
 1853年。ブラームスは20歳のとき、友人で卓抜なヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムを介して有名作曲家の知遇を得る。ロベルト・シューマンである。シューマンは、すぐさまブラームスの類いまれな楽才を見抜き、激賞文「新しき道」を有力音楽紙に公表。ハンブルクから来た無名の青年は、一夜にして音楽界の注目の的となったのだった。
 シューマンの激賞文には、将来書かれるであろう「管弦楽など大規模な作品」への期待が記されているが、ブラームスが第1交響曲を書き上げたのはそれから23年後。着想から10年以上をかけての完成であった。
 しかし、次は早かった。第2交響曲は、1877年の夏・初秋の数週間を経てすぐに完成。その間の滞在先となった、オーストリアはヴェルター湖畔にあるペルチャハの環境が幸いしたのだろうとはよく言われるところだ。ブラームス自身、「ヴェルター湖は純潔の乙女のごとき地。メロディーがあちこちに飛び交っていて、踏んづけないよう注意しないといけないくらいです」と手紙に記している。たしかに、牧歌的田園を思わせる音楽ではある。明朗さにもってこいのニ長調。低音弦だけで静かに始まると、次はのどかなホルンの重奏。急速でにぎやかなスケルツォ(原義は「冗談」)となってもおかしくないはずの第3楽章なども、開始はのどかな舞曲、レントラーふうだ。
 しかし、この交響曲を「田園」のイメージだけで受け取るのは禁物である。たとえばトロンボーンの用法。がんらい厳粛な響きを持つこの楽器は、キリスト教でいう「最後の審判」、裁きのラッパのイメージとも結びつき、古くはおもに教会音楽で用いられた。世俗的ジャンルである交響曲においては、慎重に用いられてきたのであり、ベートーヴェンも第5、第6、第9番のみで、それもごく限定的に使っていた。対してブラームスは、この第2交響曲で、トロンボーンを何かと目立つところで用いるのだ。第2楽章なかほどに現れる、半音上がってまた下がる不気味な吹奏など、レクイエム(死者のためのミサ曲)的な雰囲気さえ漂わせている。
 こうしてみると、彼自身の次のことばも、意味深長に聞こえないだろうか。「今度の交響曲は耐えがたいほどメランコリックなもの。スコアには黒枠を付けなくては!」西洋社会で訃報を黒枠で囲むのは、ご存知のとおり。彼は何に哀悼を捧げたのだろう?

 
第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
第2楽章 アダージョ・ノン・トロッポ − リステッソ・テンポ・マ・グラツィオーソ
第3楽章 アレグレット・グラツィオーソ(クワージ・アンダンティーノ)− プレスト・マ・ノン・アッサイ
第4楽章 アレグロ・コン・スピリート
 
●作曲年代 1877年
●初  演
1877年12月30日。ハンス・リヒター指揮。ウィーン、楽友協会ホールにて。
●楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、弦5部
 
 
(C)舩木篤也(音楽評論家)(無断転載を禁じる)
 
 
小林資典写真 :(C)Jan-Philipp Behr
田村 響写真 :(C)武藤 章
                                
 
 
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